『解けない方程式』
僕の名前は鈴木大貴(すずきたいき)。
僕は自分で言うのもなんだが、勉強が得意だ。
成績だって学年で十番から下を取ったことがない。
特に数学が好きで全ての物事は、計算で解くことができると信じていた。
というよりそうして生きてきたし、そのおかげで今まで理想の人生をおくる事ができた。
例えば、苦手な体育・・・特に球技も全て計算でシュートやホームラン(理論上)を打つことが出きる。
人付き合いだって、計算で理想の友達作りができるし、人から嫌われることもない。
とにかく、数学は僕の人生そのもので、絶対に崩されることの無い理論なのだ・・・
いや・・・だったのだ。
彼女が現れるまでは・・・
そう、転校生の相原遊美(あいはらゆみ)は僕の理論ではうち崩すことのできない方程式なのだ。
このような展開の文章だと勘違いされてしまいがちだが、けして僕が彼女に一目惚れだとか、恋心を抱いたとかそう言うわけではないのだ。
そう、いっそのことそうであれば、簡単だったのだ、それなら僕の彼女に対する好意を数字に置き換えてそれを僕の平常心から引くという単純な計算によって、方程式を解くことのできない理由ぐらいは証明できる。
しかし、僕の彼女に対する好意は、彼女を好きだとか一目惚れだとかそのような数値まで高くないし、平常心はまだ保たれている。
どちらかというと、彼女を研究したいという探求心が高くなっているようだ。
とにかく僕は、彼女になぜ理論が通じないのかすら解らないのどころか、彼女を知れば知るほど、謎に陥ってしまうのだ。
ではここで、彼女のことを詳しく紹介しようとしよう。
僕の隣の席に座っている彼女、相原遊美は先月この日溜まりが丘学園に転校してきた。
僕と同じ高校三年生で、どちらかといえば可愛い系の顔立ち、少し茶色いセミロングの綺麗な髪と、この歳の女子にしてはすらっと高い身長が容姿的特徴。
勉強は彼女が転校して来てから大きなテストがまだないので情報不足だが、小テストの結果、授業中の態度、僕の監視結果を踏まえても、お世辞にもできるとは言えないだろう。
いや、彼女は今もそうだが授業の時間のほとんどを居眠りして過ごしているのだ。
珍しく起きているときはいつも空やそしらぬ方向をぼーっと見つめている。
ノートを取るときはほとんど無く、教科書やノートの隅に花のイラストや悪戯書きなどをしている。
このままでは彼女がただのバカと言う一言で解決することになるが、そうではないのが彼女なのだ。
以前の授業中だが、居眠りを注された彼女は深々と先生に謝ったあと、「すみませんでした、昼食に食べたパンのジャムの香りと先生の声の音が共鳴して私に子守歌を聴かせてしまったのです」と言いはなち、教室を静まり返したことや、遠くの方で聞こえる石焼きいも屋の声を聞いて「冬の冷たい風の妖精は焼き芋屋さんの美味しい香りは全部食べてしまうからここまで届かないのね」といった事を突然言い出すのだ。
しかし、これは彼女の一番の特徴とも言ってもいい事で、彼女とよく遊んでいる藤田さんはこれを『相原節』と言ったりしている。
そして、この『相原節』は現国・古文の授業でその力を発揮するのだ。
特に彼女の作品や詩にたいする感想は、わかりづらそうな言い回しをしているような感じはするが、適切でそれでいて自分の思っている事を美しい言葉で表されているのだ。
というより、彼女の感想はそれ自体が詩の作品になっているのだ。
そこで考えられるのは、彼女が詩のようなものを趣味として書いているということだが、そんな事はしていないと言っているし、あまりする気もないらしい・・・
じゃあ、彼女は何を思って生きているのだ・・・解らない・・・
とにかく、まだまだ調査は必要なようだ。
と、そうこうしているうちに授業のチャイムがなり、休み時間となった。
チャイムが鳴り終わると同時に、相原さん起きあがって窓から外を見つめた。
外は厚い雲に覆われて今朝から降り出した雨で暗く冷たかった。
相原さんはフーとため息をついて、僕に突然話しかけた。
「雨って針のように冷たくて痛いモノね、きっとカフェテラスのあるお店の店長や野球部の部員とか・・・あと家で飼ってる犬のサニーの心に刺さって憂鬱な気持ちにさせるもの・・・そう思うでしょ鈴木君?」
突然のふりに焦りながらも「雨を針に例えた表現だね、確かに雨を嫌う人達にとっては、そのような感じを受けるかもしれないね」と答えた。
「うんうん、でも〜ただの針じゃ面白くないからまち針にしましょ〜その方が面白いと思わない?」
「えっ・・・それはどう言った例えでまち針に変わるんだい?僕はそれが解らないと面白いかどうか答えることができないな」
もう、相川さんは僕の理解することができる世界から飛び立ってしまったようだ。
「う〜ん、じゃあ、まち針の飾りは金平糖にしましょ、それなら食べられるし、きっと綺麗だわ〜」
「金平糖?」
どうして突然金平糖がでてくるのだ・・・
「そう、金平糖!鈴木君は嫌い?甘くて美味しいからきっとみんな楽しい気持ちになれるわ〜」
そう言って相原さんは突然立ち上がり、くるりと一回転ダンスのような綺麗なターンをした。
そして、僕の顔を見つめて、満面の笑みで「ありがとう鈴木君、君のおかげで楽しい事好きの天使がやってきてくれたみたい」と両手を差し出してきた。
僕は呆気にとられていたが、魔法にかかったように手を差し出していて、気がつけば相原さんと握手をしていた。
そして、彼女が握手した手を子供みたいにぶんぶん振りながら「今ね鈴木君にも天使が飛び移ったよ」というものだから、僕は自然と笑顔になって手を握り返していた。
とにかく彼女は、不思議な子だ。
また気がつけば僕の理論はうち崩され、彼女のペースに飲まれて良いデータを収集する事ができなかった。
しかし、今日の手を繋いだ時、少し彼女のことが解ったような気がしたのだ。
今から考えたら笑ってしまうが、あの時ほんの一瞬だが天使が・・・楽しいこと好きの天使が見えたような気がしたのだ。
否理論的なことも経験してみるとわりと納得できてしまうものだ。
もちろん、計算などでは解けないが、何となくだが解った様な気がするのだ。
しかし、それを喜んでいたら、僕のアイデンティティーは崩壊してしまう。
あの時の記憶は一時保留して、まあ『相原節』で言うなら冷凍庫に入れて凍らすとでも表して、いつものようにデータをレポートにまとめる事にしよう。
学校帰りにお店によって買った金平糖でも食べながら。
次の日、相原さんとはあまり話すことがなかった・・・
こんな日はデータが収集できないので憂鬱になる。
なんだか心に針がささったと言う相川さんの例えも満更でも無いと感じてしまう。
しかし、神は僕にチャンスをくれた。
下校の時、下駄箱で相川さんと出会い、一緒に近くの駅まで一緒に帰ることとなったのだ。
これはデータ収集のまたとないチャンス、彼女の世界に取り込まれる前に色々聞き出すことにしよう。
「相原さんはどこに住んでいるの?」
「駅を山の方に三つ行って風に乗って進んだ所かな」
「家族の構成は?」
「お父さんとお母さんと妹と犬のサニーと可愛い貧乏神がきっといると思う」
「得意な科目とか、最近解らない授業とかは?」
「昼休みの後の谷先生の数学の授業は子守歌が心地欲って好きだよ、鈴木君も数学好きでしょ?」
今までにこやかに僕の質問に答えていた相川さんが突然、質問を返してきた。
僕は慌てて声詰まらせた。
「えっ・・・数学なら好きだよ・・・」
何て言う答えだ、こんな普通の答えを返してしまうと、相原のペースに引き込まれてしまう。
「やっぱり〜だって鈴木君っておもちゃの国のロボットに似てるもんね〜」
「ロボット・・・どうしてそう思うの」
「だって・・・あ!そうだ、これ問題にしよう!私がどうしてそう思ったか、私のクイズは難しいって評判だから、きっと鈴木君なら楽しめるよ!」
「え!問題・・・」
「うん、じゃあもう駅だから明日答え聞かせてね〜」と手を振って相原さんは反対側のホームの階段を駆け上がっていった。
僕はただボーっとホームに取り残されて突然出された問題を解くこともできずただ立ちつくしていた。
今日は、レポートも手につかなかった。
今までこんな難しい問題があっただろうか・・・
とにかく、冷静になり問題を解くしかない。
こういう時は自分の事を考えると混乱するので、ロボットという言葉について色々考えてみる。
ロボットから連想されることや意味・語源、様々な角度から推測する。
ロボット三原則、ICチップ、人工知能、コンピュータ・・・・
ん、コンピュータ?そう言えばコンピュータは二進数で動いているな。
そうか!これだ!
確かにこれだったら、数学が好きだからという理由に繋がる。
完璧だ!
ついに僕は彼女という方程式を答えることができたような気がした。
僕は次の日、清々しい気分で登校していた。
駅で相原さんを見かけたときは、無我夢中で駆け寄って声をかけた。
「おはよう、昨日の問題解く事ができたんだよ」
「おはよう、鈴木君今日の鈴木君はまるで釣りたての魚みたいに生き生きしてるね、今にも空を泳ぎ出しそうだよ」
「ははっ、その通りかもしれないね、何てたってこれほど難しい問題に答えを出したんだからね」
「そっか〜、じゃあ私も楽しみだよ、鈴木君がどれほど上手くパズルしたか」
僕は答えを言ったときの相原さんの驚いた顔を見たくて、ウズウスして答えをじらすことなく話してしまうことにした。
「もう、ズバリ言うけど、答えは僕が日頃から数学的な考えをしているのに気がついてそれを何でも二進数に変換して動いているコンピュータ、つまり動くコンピュータ・・・ロボットに似ていると言いたかったわけでしょ」
答えを真剣に聞いていた相原さんの顔が、いつもの笑顔になり首を横に振った。
「残念、全然違うよ〜」
「え!どういう事、完璧な答えのはずなのに・・・」
「じゃあ、今から答えを見に商店街に行くけど、時間がないから走るよ・・・」
「商店街!?」
「そう、青い風に乗って走ればすぐだから、少しだけ頑張ってね!」
そういって相原さんは僕の手を握ると急に走り出した。
そうまるで本当に風に乗るように軽やかに相原さんは笑顔で走っている。
僕はそんな相原さんに無理矢理つけられた旗みたいにばたばたと音を立ててなかなか風に乗ることができなかった。
そうして、気がつくと商店会に着いていた。
ここは商店街でも中央に位置している、時計広場と言われる場所だ。
ここには、大きなからくり時計がある広場だが・・・
すると突然優しい音楽と共にからくり時計が動きだした。
からくり時計の中央にある小さなステージには、人形の音楽隊がステージに円をかきながら登場した。
相原さんはその音楽隊を指さしてこういった。
「答えはあの子たちだよ」
「どういう事?理解できないんだけど・・・」
僕は全く理解できなかった、そして諦めかけた・・・相原さんを理解することは無理なのかと。
しかし、相原さんはそんな僕を尻目に話を続けた。
「あの子達のね、一番先頭にいるのが数学の谷先生だよ」
「一番先頭?」
僕はステージで音楽を奏でる音楽隊に目を移した。
列になる音楽隊の一番先頭には指揮者がいる。
「それでね、その後ろにいるラッパを吹いて一番楽しそうにしているのが鈴木君なんだよ」
相原さんの言葉に僕の目線はそのまま、指揮者の次に位置するラッパを吹いている人形に目がいく。
「それでね、ずっと思っていたの、谷先生があの指揮者のお人形にそっくりだって・・・」
「そう言われると、何となく目とか雰囲気が似てるような気がする」
「でしょ〜、それでね、その指揮にあわせて凄く楽しそうにラッパを吹くお人形がね、数学の時、先生の話を楽しそうに聞く鈴木君にそっくりな気がするの」
相原さんにそういわれて、思わずもう一度ラッパの人形に目を移す。
すると確かに人形は、凄く楽しそうに体を左右に動かしてラッパを吹いている。
「でね、授業中いつもそれを思い出しちゃうから、ついこの曲が流れて来ちゃって、すごく優しい曲でしょ、だからいつも私眠くなっちゃうの」
なるほど、僕が好きな数学の授業の態度を、このからくり時計に例えたわけた。
でも、それだと僕がロボットという理由にはなっていない。
あわてて僕は聞き返した。
「たしかに、僕が楽しく数学の授業を受ける様子が、あのからくり時計の人形にたとえられるかも・・・まてよ・・・からくり時計の人形・・・」
僕のその言葉に笑顔で相原さんが答える。
「気がついた?」
「なるほど、からくり時計の人形つまり、おもちゃの国のロボットなわけか!」
「正解〜〜大正解」
相原さんはにっこり笑うと僕の手を取って万歳してよろこんだ。
「はは〜からくり時計の人形が正解だったなんて・・・気がつかないよ・・・」
そう言いながら、僕は相原さんという方程式はまだまだ解くことができないと思った。
でも残念に思う心はなく、不思議と清々しい気分だった。
確かに、この問題をヒントつきとはいえ、答えることができた、達成感もあると思う。
しかし、僕は完全に解ったのだ。
「相原さん、君に言いたいことがあるんだ」
そう、僕は気がついた。
完全に僕が相原さんを思う気持ちが、以前と変わっていることに。
「なに?」
笑顔の相原さんが僕を見つめる。
「実はたった今、気が付いたんだ僕は相原さんがのことが好きだって気持ちに」
相原さんは僕の言葉を聞いてすっと真剣な顔をして僕を見つめなおした。
「私も鈴木君のこと好きだよ」
相原さんのその言葉はからくり時計の音楽にとけ込み、僕を心地の良い音色で包み込んだ。
そして、待ちきれずやってきた春の風の妖精が僕達を応援するように取り囲んだ。
僕達は妖精達と手を繋ぎクルクルとダンスを踊った。
もう春はそこまで来ていた。
『あとがき』
こんにちは、ひだまりです。
何て言うか凄い久々の新作ですね。
そして、微妙に長いし・・・
とにかく、今までこんなに更新しないでホントすみませんでした。
さて気を取り直して、解説ですが、今回はまた新たなるジャンルといった感じで仕上げてみました。
じつは、最近はまった漫画に影響されて、勢いで書いたのですが。
いかがですか?
なんか後から読み直すとなんだか解らないようなきもする・・・
でも、これはこれでよくできているような気もする・・・
もう、作者にも解らない、新鮮さを感じていただければと思います。
うわ〜、あとかぎまで解らないわ・・・w
最後まで読んでいただき、有り難うございました。
次回の作品で会いましょう〜♪
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